「じゃ、当日は会場に直接来てください。」
「なんか、おいら今から緊張する……。」
「そんな必要ないですよ。いつも通り、ラクにしててください。
他のゲストの方も来るので、楽しいですよ。きっと。」
「だから、余計に緊張する〜。」
電話越しに類さんの笑い声が響く。
「司会の芸人さんも、おいらすっごく好きなんだ。」
「それはよかった。当日はお客さんと一緒になって楽しんでください。
あ、一言、何言うか決まってますか?」
「なんとなくは……。」
類さんがちょっと考えるような間が空く。
「事前にチェックしますから、内容をファックスでも、ラインでも、
わかるように送ってください。」
「一言なのに?」
「慣れてる人ならいいんですけど、スポンサーもついてるので、念の為?」
「わかりました。」
おいらが答えると、類さんがクスッと笑う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」
「そ、そうだよね?監督や出演者の方がメインだもんね。」
「そうですけど、原作者の方も、安彦先生もスポンサーもいらっしゃいますから……。」
「うわぁ〜、それ聞いただけで緊張3割増し!」
類さんが楽しそうに笑う。
「これをチャンスと捉えないところがサトシさんなんですよね。」
「チャ、チャンス?おいら、人前に出ること、まずないから……。」
「その割にはこの間のテレビの仕事も緊張してないみたいでしたよ?」
「そりゃ、ショウ君もいたし、SHOさんとスタッフさんしかいなかったから……。」
「じゃ、今回もそう思っててください。
俺もいますし、SHOさんもいますよ。
お客さんはかぼちゃとじゃがいもです。」
おいらはちょっと想像してみる。
イベント会場の客席にかぼちゃとじゃがいも……。
「……ツルツルしてる人がいたら?」
「茄子だとでも思えばいい。」
おいらは茄子を想像して……。
本当にいそうで笑いが込み上げてくる。
「んふふ。そうだね。そう思うことにする。」
「大丈夫ですよ。ずっと準備して来たんですから。」
「ただいるだけなのに、個展の時より緊張するかも。」
「あはは。じゃ、当日はよろしくお願いします。
一言は今週中に。なんなら取りに行きますよ?」
「だ、大丈夫です。」
また類さんが、あははと笑って電話が切れる。
イベントまで後もう少し。
おいらのポスターも刷り上がり、CMの第三弾もテレビで流れ、順調そのもの。
タイアップしたお菓子とゲームの売り上げもいいみたいだし、
映画もヒット間違いなしと言われてる。
おいら、ショウ君みたいに人前に出ることがほとんどなかったから、
こういうの、どうしていいかわかんない。
想像しただけで緊張してくる……。
お客さんは、映画の出演者や監督目当てにやってくるから、
みんなに迷惑かからないようにしないと……。
おいら、慣れてないし、迷惑かけないようにできるかなぁ……。
おいらは、目の前の描きかけの絵をじっと見る。
今描いてるのは、動物愛護週間のポスター。
久しぶりにマー君ちに行きたくなっちゃうね。
犬のショウ君と猫のサトシ君は元気かな?
ジュン君の結婚式の準備も進んでるみたいだし、
そっちも任せっぱなし。
あ、ウェルカムボードの仕上げがまだだった!
仕上げたらジュン君とこに持って行っちゃおうかな……。
ショウ君も一緒がいいか?
おいらが、ん〜と考えていると、携帯が鳴る。
誰だろ?
携帯を見ると、カズからで、おいらは急いで携帯をタップする。
「カズ?」
「私だから出たんでしょ?」
カズがクスクスと笑う。
「そうだけど……。」
おいらがふて腐れた声を出すと、カズのクスクス笑いが大きくなる。
「意地悪カズ、どうしたの?」
「ああ、ジュン君の結婚式なんですけど。」
「あ〜、ちょうどそのこと考えてた。」
「以心伝心。」
「んふふ、ほんとだね。」
「そろそろ練習しないとマサキとショウちゃんが覚えられないかなぁと思って。」
「そうだね〜。二人とも、なんでもできるのに、そういうの覚えるの、
ちょっと苦手だもんね。」
「そうそう。高校の文化祭の時だって。」
「ふふふ。そうだったね?でも、人一倍練習する二人だから。」
「ジュン君もね?」
「お、おいらだってたくさん練習するよ?」
「でも、そういうのは器用にこなすから、あなたは。」
「そうかな?」
「そうですよ。三人が緊張してても、あなた一人ぼーっとしてたりして。」
「ぼーっとしてるわけじゃ……。」
「それくらい、リラックスして見えるんです。」
カズがまたクスクス笑う。
「一番小さくて、みんなに守られてそうなあなたが、一番肝が据わってる。」
「そんなこと……。」
「海に旅行に行った時もそうだったでしょ?」
「そうだったっけ。」
「そうですよ。マサキなんて、キャーキャーワーワー。」
「んふふ。懐かしいねぇ。また行きたいね。みんなで。」
「そうですね……。」
カズの声が懐かしそうな切なそうな声になって、
なぜかおいらの胸がキュンとする。
「あ、じゃ、練習、どうする?」
「来週辺り、一度やってみたいから、都合のいい日を連絡ください。
ショウちゃんの分も。」
「わかった。」
「その中から、私とマサキで決めますね。」
「うん。任せっぱなしでごめんね。」
「いいですよ。まだ忙しいんでしょ?」
「もう、だいぶ落ち着いた。後はイベントの日が終われば……。
あ、カズも行く?」
「行きますよ。」
「じゃ、安心。ホッとした。」
「あはは。じゃ、連絡待ってますね。」
「うん。早めに連絡する。」
携帯が切れて、机の端っこに置く。
来週、久しぶりに4人で会えるんだ……。
ジュン君がいないのは残念だけど、今回はしょうがないね?